ムメイの新聞文章置き場

ツイッターで書いた新聞風記事の転載です。ツイッターhttps://twitter.com/NA01pPBGXwTmELY

Vtuber新聞文章貼り付け・ときのそら特集編

アイドル系Vtube

突き進む少女・ときのそら

 

成長し続けるバーチャルJK

目指せ横浜アリーナ

 

  筆者はかつて、ときのそらを見下していた。

 見下していたとは違う、違うと思いたい。しかし、以前の自分を嫌悪し、戒めるためにも、この表現を使わせていただきたい。

 ときのそらと呼ばれるVtuberの活動開始時期は早い。おそらく初登場は、彼女の運営会社であるCover(カバー)の開発するアプリ、そのデモ映像での登場だろう。日付は2017年五月二十二日。もしくは、ニコニコ動画において初めて配信を始めたと記録されている、九月七日になるか。いずれにせよ、2017年組のVtuberであり、現在の生まれてまもないバーチャル界隈においては、古参と呼ばれる部類に属するだろう。

 だが当然というべきか、筆者が彼女のことを知ったのはそんな古の時代ではない。記憶があいまいだが、おそらく、ニコニコ動画に投稿された、まとめ動画の一部に出てきたことがきっかけだ。

 その時の認識は「恋に落ちた」などと言えるような衝撃的なものではなく、「姫川友紀に似てるなあ」という、見た目に対する感想だった。姫川友紀については今後の内容とは関係ないので割愛するが、とにかく筆者は彼女の見た目に魅かれて、彼女を追い始めた。女の子を見た目で判断する人間のクズ丸出し思考である。

 見た目は茶髪のロングヘアーに、鳶色の瞳。名前の通りか、青を中心としたアイドル風の衣装に身を纏っていた。髪には金色の髪飾りをつけており、形はカバーのロゴマークをかたどっている。

 言葉を飾らずに言おう。

 普通の女子高生と言われてもおかしくない、普通の外見をしていた。

 おそらく、これはあくまで彼女がアプリの宣伝役であり、タレント的な扱いではなかったためだろう。実際、目的の変更に伴ってモデルのアップデートもかなり行われている。そのためか、最初期の頃と比べるとかなり違ったデザインに落ち着いた。まあ筆者が彼女のことを知ったのは新しいデザインからなので、あまり偉そうに語れないのだが。

 そんな古参で、バーチャルJKと言うべき存在であった彼女だが、YouTubeへの参入は意外にも遅い。具体的に言うと、Vtuberブームの1つを担った、超新星である輝夜月よりも遅く、十二月十二日。自己紹介動画を投稿したのが始まりとなる。流行り始めていた、もしくは一部でもう流行っていたVtuberのブームに乗るためだと思われるが、彼女の活動には大きな弱点があった。彼女は当時まだ珍しかった、生放送主体のVtuber。それも当時は不定期配信だ。他の動画をどんどん出していくVtuber達には追いていかれる。宣伝しようにも、動画のアーカイブは一時間ものばかり。改めて見てもらうには、少々辛い。このままでは、周りにおいて行かれる。そんな焦燥感もあっただろう。

 が、彼女のサポーターが有能だった。

 ときのそらの人気が出始めたきっかけは、クリスマスの配信だ。この日、彼女の生配信で急激に人が増えた時間がある。実は、同じ時間帯に生放送を行っていたとあるVtuberが、放送事故を起こしていた。そのため、Vtuberの動画に飢えていた視聴者達が、ときのそらを見つけ、なだれ込んだのだ。と、いっても、そのほとんどは放送事故が終わると同時に、元の動画へと帰り、彼女のことを忘れていただろう。

 しかし、そのうちの何名か彼女の放送に残る、もしくは二窓を行使することで、彼女の配信に視聴者数、視聴回数という明確な印を残した。

 そして、もう一つ。

 ニコニコ動画に、クリスマス配信におけるとあるシーンの切り貼り動画が投稿された。それも次の日、日付が変わった直後にだ。

 内容は、ときのそらが急増した初見の視聴者達からの、「ママ」という呼び方や、「母性」というコメントに困惑し、しかし精一杯対応する。そんな、純真なバーチャルJKと、やばいオタク達といったもの。

 おそらく当時を知らない方、もしくはときのそらを知らない方からすると意味不明であると思うが、安心してほしい。当時を知る筆者からしても意味が分からない。このせいで筆者はバブみといった単語や、自分より年下の包容力がある女性に甘える、という謎の概念を知ってしまった。

 もちろん、動画投稿時も「非オタクの真面目な女子高生にオタク共が群がる動画」として、ネタ的な意味で盛り上がった。ニコニコ動画はこういったネタを好み、ランキングに居座る傾向がある。

 しかし、ここで重要なのは「ネタにしろ何にしろ、注目された」ということだ。そして、彼女に興味を持ったVtuberファンが、彼女のアーカイブを覗けば、ニコニコの動画のと同じミニスカサンタ衣装をまとった、なぜか一つだけ再生数の多い動画が目につく。一時間といえど、当時の飢えていたVtuberファンからすれば、大した時間ではない。そして再生されればされるほど、ニコニコのネタ動画も、チャンネルのアーカイブも、両方が注目されるようになる。

 ここで、先ほど語ったサポーターの有能さが出てくる。おそらくサポーター、友人のアシスタントこと、Aちゃんと呼ばれる人は、ここが勝負のかけどころと見たのだろう。二十七日に、とある編集動画を上げた。

 タイトルは「【検証】ときのそらはママなのか? お姉ちゃんなのか?」だ。編集・投稿までの時間はどうあがいても二日程度、しかもニコニコ動画でのネタ動画の投稿、話題になった時間から考えると、使える時間は一日を切る。小規模とはいえ、企業がバックであることを考えると、かなり無茶苦茶な動きだろう。

 しかし、この判断は正しかった。この動画のおかげで、ときのそらは、まず第一のバズり、人気の出始めに入ったのだ。

 ニコニコのランキングにある、ネタ動画で興味を持った人間がチャンネルを覗き、まさに興味のある話題をまとめた二分程度の動画を見る。それにより、動画の再生数が上がり、ニコニコ動画だけでなく、YouTubeを主体とするVtuberファンにも情報が伝わる。そしてさらに興味を持った者は、さらにアーカイブを覗いていき……といった形で、話題性と、ファンを獲得することに成功したのだ。実際、筆者もニコニコの動画だけだと、「あの子、やべー奴らに絡まれてる……」だけで、まともに見ようという思考には至らなかったかもしれない。しかし、二分程度のまとめにより、軽く見始めることが出来た。まさに、運命の分岐点だろう。

 そして何より重要なのが、ママやらお姉ちゃんやらといった持ちネタと、純真で優しく、やばい奴らにもしっかり対応してみせる、バーチャルJKという個性を獲得できたことだ。今ならともかく、当時、ママネタ持ちも、純真なJKというキャラも、被りがいなかった。需要を一気にかっさらうことが出来たのだ。

 そう考えると、このバズりの一番の要因は、視聴者の流入でも、ママネタをコメントした者でも、広めた者ではなく、地道に努力し、配信を続けた彼女達によるものなのだろう。ゆえに、彼女達はチャンスを逃さなかったのである。

 そして、この勢いを殺さぬまま、二十八日に生放送。ここでも、やばいヤツらと、ときのそらの純真さがネタを生む。二千人のそらともが集結し(当時登録者は五千程度。ちなみに十二月の初めは五百にも満たない)漢字・英語読めない、とまらねぇぞ、スパチャに動揺、といった数々のネタ、個性を獲得した。この放送でよかったのは、スーパーチャット、投げ銭で動揺、おたよりへの返答による無個性の自虐や、包容力といった魅力の自覚だ。これにより、一層キャラ付けが明確になった。アイドルアニメでよく見る、自らの魅力や個性に思い悩む、といったものである。ここから、彼女のアイドル路線が始まったといってもいいだろう。

 この放送のまとめがニコニコ動画にアップされ、人気が爆発した。一気にチャンネル登録者数が増え、それに対応するためか、次々と短編動画が投稿された。ママ・お姉ちゃんのような検証ネタだけでなく、十二月三十日の登録者一万人突破記念、おたより、歌、応援動画など、一月五日までに八つの動画を投稿している。年末、正月休みの間にだ。噂ではAちゃんは忘年会でも動画の編集作業をしていたと聞く。Vtuberブームというビッグウェーブに乗り損なうわけにはいかない、落ちるわけにはいかないという意思がそうさせたのだろう。結果として、彼女の話題は正月休みの間にもつきることなく、一月五日まで話題を保つことができた。

 特に、2017年の検証まとめ動画の効果が大きい。これにより、アーカイブを見直さずとも、ときのそらがどれだけの辛い下積み期間を経て、今に至ったのか。ときのそらと周りの人は、どういう気持ちなのか。ときのそらが、どういう存在で、これからどうしたいのか。そういったことがわかるようになった。

 こうして勢いを保ったまま、彼女は一月五日を迎える。

 一月五日の金曜日。この日、ときのそらの人気が出た要因、第二の出来事があった。

 ミラティブというスマホ向け配信動画サイトがある。現在では、主ににじさんじやホロライブのメンバーが配信に使う場所だ。そのサイトのクイズ企画に、ときのそらが司会役として参加することになった。おそらく、彼女自身初の、下手をするとVtuber初の、ニコニコ、YouTube外での活動である。それも、企業案件として。当然、そらとも達は動揺した。というのも、事前情報で「クイズ時のコメントはあまり治安がよくない」というものがあったからだ。様々な事情、理由から、クイズ企画の人気がなく、特に配信者視聴者ともに邪魔をされるような機構があったため、クイズ時のコメントは荒れに荒れていた。そんな場所に、純真な心優しいJKであるときのそらを向かわせていいのか、ファン全員が息をのんでいた。筆者など、過去の心無い罵声によって傷つき、ネットから消えて行った人達を連想し、人生で初めて食事がのどを通らなかった。他のそらともと同様、放送時には必ずコメントを打ち、荒れたコメントを押し流してときのそらが傷つかないようにしようと思っていた。大げさに言うなら、純真な心を守ろうと、そう考えていたのである。

 今思い返せば、筆者はこの時点で若干まずい方向に入っていたのだろう。悪いことではないのかもしれないが、今は間違った考えなのではないかと思っている。

 そして、結果的にミラティブでの放送は成功だった。途中、ミラティブ側の事故(サーバーの過負荷など)があったものの、何とか終了した。

 そしてその後の、反省会生放送での強がりと、気が緩んでからの涙。

 ママネタでからかっていただけの視聴者が、本気でファンになった瞬間だろう。見た目通りの、女子高生が、誰の助けも借りられないアウェーの空間に放り込まれ、仕事をこなし、そして涙する。まるでアイドルアニメのお話しのような展開に、共感し、震えた者も多かっただろう。特にまとめ動画で彼女の苦労を知った後なのだから、なおさらだ。

 こうして、彼女のアイドル系Vtuberとしての立ち位置は盤石なものとなった。もし、この後彼女と似た路線のVtuberが出てきたとしても、彼女のファンが離れないくらいには。どうあっても絶対に応援する、という固定ファンを獲得したのは大きい。

 彼女の活動はその後も比較的順調に進み、ゲーム実況前のあん肝動画、ミラティブでの再度のクイズ司会役、女子高生らしさを主張した短編動画、IA&ONEとのコラボ放送。何より、soraSongが大きい。これは視聴者からの楽曲提供を呼びかける企画で、ファンアートならぬファンミュージックを求め、その中から選ばれたものをときのそらが歌うというもの。おそらくこれも、Vtuber初の行いだ。ツイッターの関連ファン作品も#sora~~で確定したのも、拡散性やエゴサの役に立っただろう。また、ツイッターでのミライアカリやのらきゃっととのやり取りで、ツイッターにおける彼女の立ち位置を明確にした時期でもある。

 ゲーム実況では、ホラーゲームへの耐性の高さや、天然通り越してナチュラルSの片鱗を見せ始めたりと、新たな分野への進出を感じさせていた。

 そして登録者数は五万を突破し、Vtuberの中でも大きな影響力を持つ立場になっていた。

 ただ。

 正直なところ、筆者はときのそらに対する気持ちが、少々薄れかけていた。理由としては、登録者数増大によって、彼女が立派な人気Vtuberになったこと。Vtuber界での問題を大げさに騒ぎ立て煽る外様の存在に、ネットそのものを面倒に感じ始めたこと。何より、暴走するそらともが目立ち始めたことだ。

 昔から、アイドルのファンが問題を起こす、とはよく言われているが、筆者としては、アイドルに関わらず、熱中し過ぎたファンは時として対象そのものに傷を負わせることが多い。

 この時期、ママネタから暴走してか、ときのそらにセクハラとしか思えないコメントを送りつけたり、ストーカーまがいのコメントやDMを送ったりする者が現れ始めた。また、本人が関係することを行っていないのにママネタを出したり、また、ときのそらとは全く関係のないところでママネタを出したりと、もはやアンチそのもの行動に出る者が次々と発生した。

 さらに、本人に聞かれたわけでもないのに、「こうした方がいい」「アイツとは関わらない方がいい」といった、プロデューサーのような発言を行うファンも急増し、それに反論し、暴言をぶつけあう、そらとも同士の醜い争いも急増していた。

 そして、soraSongに対する罵倒の嵐である。

 ファンから提供され、投稿された音楽の一つに、「夢色アスタリスク」という曲がある。その曲と作曲者に対し、一部のそらとも達が罵声を浴びせ続けたのだ。その理由はキーが高すぎる、人間の歌う曲じゃないといったもので、音楽的知識のない筆者にはそれが正しい指摘なのかは分からない。ただ夜空を見上げたくなる、良い曲だったという表現しか出来ない。

 筆者が本当に怒り、悲しくなったのは、そのそらとも達のときのそらのことを考えているようで考えていない行動だ。

 批判するのはまだ分かる。創作に対する人の好みはそれぞれであり、完璧な作品など存在しないからだ。なので批判があるというなら、それを主張する権利が視聴者にはある。しかし、批判よりも相手をバカにすることを優先した文面や、何よりも「そらちゃんがかわいそう」などと、まるでときのそらの内心を代弁するかのようなコメントで攻め立てているものだ。さらに人によっては「売名目的だろ!」といったコメント、ときのそらに対し「仕方ないよあんな曲じゃ」などという慰めのコメントを送る者まで現れ始めた。おそらく、本人達は気遣いから行っているのだろうが、傍目から見れば暴走する悪質な存在以外の何者でもない。

 ネット上に書き込まれた文章が誰にも見られない、などということはありえない。必ず誰かが見ており、それは本人に届く可能性がある。特にこの頃の問題はネットのマイナーコミュニティなどではなく、ツイッター、YouTubeのコメントでの問題だった。当然、本人の目にも触れただろう。

 ファンから送られた曲を同じファンがバカにし、乏し、自分へ「うまく歌えてなかったけど君のせいじゃない。大丈夫」などという文面を見た彼女は、一体何を思ったのだろう。

 筆者は、かなり冷めた目でこの問題の数々、ファンの暴走を見ていた。過去、何度も見てきた「ファン、もしくはファンから転身したアンチによって潰される」という現象と、全く同じものだったからだ。

 今後、時間が経てば経つほど、こういったファンは増え、問題が増加していくだろう。なのでその前に、ミラティブ時の良い思い出だけを残して、離れようかと思っていた。

 そして二月八日。

 この日、放送の後半で彼女から、物申したいという発言が飛出し、それは歌についてだという。筆者はこの時、暴走するファン達に対して「お願い」するものだと思っていた。悪く言えば、媚びを売って頼むのだと。

 ここで「歌について文句を言うのをやめてほしい」などと言えば、「気遣いで」擁護、応援していたファン達から反感を買い、アンチになる可能性がある。

 こういった経緯でアンチになったファンは「裏切られた」という思いが強いため、本当に人生をかけて本人を恨む者が多い。

 この時、ときのそらは数万の登録者が居たとはいえ、まだ人気で始めの、幼い少女。ここはファンにやんわりとお願いして、穏便に暴走を抑えるのが最善、というより、今のときのそらに出来る限界だろうと、筆者は思っていた。

 違った。

 二月八日生放送アーカイブの、47分辺りから、それは始まった。

 彼女は自ら曲に関するコメントを見ていることを口に出し、そのコメントの内容へ反論し、自らの意思と能力を証明させるために歌い、改めて自分の考えを宣言し、主張を確定させたのだ。

 あからさまに怒っている声音と、格段にレベルアップしたと素人の筆者にも分かる歌声にも驚いたが、筆者が何より驚いたのは、その行動。一番効果的で、一番危険な選択を、彼女と、彼女達が選んだことだ。

 先に書いたが、熱中し過ぎたファンは、自らのやることが全て「本人にとっていいこと」だと思い込んでしまうことがある。そういった一部のファンは、もしそれを否定するような言葉を本人から投げかけられた時、裏切られたと感じ、普通のアンチとは比べものにならない存在になることが多い。現実では刀傷沙汰どころか、歴史上、このせいで殺された創作家もいるほどだ。

 まだまだ新米の身であり、人気上昇中の彼女が、そんなリスキーな手段を取るはずはないと、筆者は思っていた。

 そう、見下していたのだ。

 彼女の力を下に見て、これは出来ない、あれは出来ない、こうしない方がいい、こうしたらお仕舞いだ、などと考えていた。口に出していないだけで、考えは熱烈過ぎるファンと同じ系統のものだったのだ。

 しかし、彼女は強かった。否、強くなっていた。もちろん、ツイッターでの騒動を機に、Aちゃんを始めとしたサポーターによる検閲が改められ、本人の意識改善なども理由の一つだろう。しかし、問題あるファンの行動に対し、言及し、反論し、実行してのけたのは彼女自身だ。

 ママネタやら天然ネタでからかわれ、ファンに振り回されがちな少女。そんな少女が、ファンに意思を伝え、宣言した。これまでの経験と、下積みを糧とし、成長していたのだ。

 筆者はこの時、彼女を舐めていたことを深く反省し、思った。もし仮にこの宣言のせいでファンが減ったり、アンチが急増したとしても、自分は味方すると。というより、もしこれでこの少女の主張を否定し、バカにする声が大きければ、このVtuber界も現実と変わらない理不尽と邪悪が蔓延るものと変わりないと思っていた。

 幸いにも、彼女の主張は受け入れられ、ツイッター、コメントの管理体制が整ったためか、目に見えるそらともの暴走は減った。彼女の主張が、ファンの意識を大きく変えたのだ。

 世の中は残酷で厳しい。理不尽を訴えたり、まともな発言を行ったり、努力をするだけで、叩かれ、傷つけられ、心を折られることがある。世界、その分野の界隈による悪意ですりつぶされ、消えた者は少ないない。

 しかし彼女は自ら勇気を持って踏み出すことにより、自分にまとわりつくものを取り除き、やりたいことを押し通した。そしてそれを受け入れたVtuber界隈という、優しい世界に、筆者は希望を見出したのだ。本当に彼女と、とある馬には心から感謝している。ありがとうございます。

 そんな彼女だが、その後も順調に活動を続けている。

 生放送のまとめ動画、様々なコスチューム、ゲーム実況、歌・ASMR動画、PANORAとのコラボ動画、検証動画など、スケジュールの調整もしつつ、様々な試みと企画に挑戦している。さらにはAちゃんというゲスト・相方キャラの動画、生配信での登場により、さらに活動の幅と、彼女の魅力が広がった。特にかねてより噂されていた「ときのそらって意外とえげつない性格なのでは……?」という噂がわりと現実のものになったことだろう。ミライアカリへの天然鬼畜発言や、Aちゃんに対する悪戯っ子な一面、ホラーゲームでの発想などが、例として挙げられる。これにより、天然Sという個性が公然のものとなった。ちなみにときのそらがSという噂を聞いた友人が「お前やっぱりMなのかよぉ!」などというふざけた発言をしていたが、筆者含めそらともはM系の人間ではないはずだ。たぶん。

 そして、五月にはかねてより予告されていた、彼女のアイドルとしてふさわしい、全てが一新された姿が登場した。

 今までの外見、イメージを崩すことなく、髪飾りを星と紅い羽根飾りに変え、瞳には青いカラーコンタクトを入れた、新しい彼女の姿。DJをするあん肝と、新しいステージ、そして彼女のまとめと自己紹介をかねた動画の投稿に、新たな始まり、シーズン2というべきものを感じた人は少なくないだろう。実際、四月のまとめ動画でも「第一章完結!」といったサムネになっているので、本人達もその気なのだろう。

 五月に入っても、彼女の躍進は止まらず、Vtuber界の発展、周囲の変化につられるようにして、新たな活動を行っている。

 ニコニコでの人狼を始めとし、他のVtuberとのコラボや関わりも強くなり、外部のサイト、cluster.での配信、ロボ子さんとの明確なコラボも行うなど、カバーの広告塔としての役割も十分果たしているといえるだろう。

 さらに、ホロライブ一期生、後輩達の登場により、先輩としての一面も見せている。これから、ロボ子と同じようにコラボし、先輩としての姿も見られるようになるかもしれない。

 そして、先日はかねてより希望していた方も多かったであろう、富士葵との歌のコラボも実現した。数少ない同年代、歌好きとのコラボを見れたことに、筆者は心の底か嬉しかった。苦難の道を歩んできた二人が楽しそうに歌い、遊ぶ姿は、それだけで心が癒され、このVtuber界隈に感謝する気持ちが湧きあがるほどだ。

 そしてついに、ときのそらの登録者数は15万を突破した。昨年の十二月までは250ほどで、初めての配信では13人しか見なかった状況から、ここまで歩んできたのだ。

 改めて言うが、彼女に特筆すべき魅力・個性はなかった。Vtuberブームを巻き起こし、新たな単語と文化を発生させた者達のような、強烈な力は持ち合わせていなかった。

 しかし、偶然やってきたチャンスを、確かな努力で掴み取り、視聴者の喜ぶこと、自分達がやりたいことを考え、行動する。それにより、新たな個性の獲得や、秘められた魅力を開花させ、今では先人達に並び立つほどのVtuberへと成長した。ブームに遅れて乗ってきたと自虐していた彼女が、ブームの先頭を進み、時代を切り開く存在になったのだ。

 今では、アイドル系Vtuberとして、Vtuber界隈の先頭を行くときのそら。

 筆者としては、彼女に、いや、全Vtuberに望むことは「楽しく活動してほしい」ということだ。

 せっかく、やりたいことをやれる、受け入れられるバーチャルな世界に身を投じているのだ。リアルでの辛いことや、理不尽なことに思い悩むよりも、楽しいことをしてほしい。

 もちろん、企業勢は数字が必要なことも多いし、個人勢にも、数字が必要だという者はいることだろう。そのために辛く、やりたくないこともやらなければならないかもしれない。しかし、分かってほしいのは、本人が楽しんでいない配信は、視聴者も楽しめないということだ。いくつか例外もあるにはあるが、本人が自由に、やりたいことをやった時こそ、視聴者も心の底も楽しめる。

 なのでぜひとも、ときのそらにも、本人が楽しめるように活動をお願いしたい。。歌いたい曲、コラボしたい人と、自由に、楽しく、笑って活動してほしいものだ。

 これは筆者の個人的な考えだが、極論をいえば、筆者は明日ときのそらが「私、結婚するのでVtuber引退します!」と宣言してもかまわない。おめでとうと笑って見送る所存である。まあ、引退するなら最後として派手な見送りをしたいし、あの心優しい少女がファンの心を考えない急な引退などするとは思えないが。

 ただ、その時、ときのそらが笑顔で、やり遂げた気持ちで、後悔がなければそれでいい。筆者はそう思っている。

 もちろん、やりたいことをやるということは、時として失敗し、悲しむこともあるだろう。その時こそ、ファンが励まし、次に進めるよう、背中を押すこと。それこそが、そらともとしての役目だろう。筆者はそうするつもりだ。もちろん、悲しまないことこそが、筆者の望むことだが。

 なので、筆者としては、やりたいことを本人の意思で楽しくやって、最後が来た時に、笑顔で終わってくれればそれでいい。それだけで、彼女を応援する気持ちが報われると思っている。

 ときのそらとして考えるならば、この後もさらに活動範囲を広げ、コラボやカバー曲による、さらなる新規開拓を考えているだろうか。特に、カバー曲はVtuberファンではない方もよく見る動画の一つだ。彼女の魅力に気づき、ファンになる人も少なくないだろう。

 彼女の生配信に馴れている、聞き取りやすい声、という要素は、司会業にも向いている。もしVtuberのバラエティ番組などあれば、つつがなく番組を進行するタイプの司会として、需要があるだろう。

 こうして考えてみると、まだまだときのそらとしての躍進は止まらないと感じられる。Vtuber界もまだまだ未開拓なところが多い。その成長とともに、彼女もまた成長していくのだろう。

 今はまだ第二章。いつか終わりが来るにしても、それはまだまだ先の話だ。これから、ホロライブの後輩、ロボ子、Aちゃん、他、もっと沢山の人と共に、歩んでいくことだろう。

 最後の時まで、筆者は自らに出来ることで、彼女を応援していきたい。

 

 

あん肝

 某パンツァーなアニメで有名な町の名物(の一部)でもあるが、ここではときのそらの友人(?)であるくまのぬいぐるみの名前となる。

 名前の由来は彼女の配信で「暗記物が苦手」と発言したのを「あん肝?」とそらともが聞き違えたことに始まり、最終的に投票で決定した。女の子がクマのぬいぐるみにつける名前としてはいささか不気味というかグロてすくな感じだが、その後のときのそらのホラー体勢を考えると不思議ではないのかもしれない。基本的にときのそらの動きをトレースしており、それ以外は地面に埋まっていることが多い。何気に特殊衣装が多く、パンダになったりチョコになったりしたこともある。今のところ、言語能力が未発達なので、いつかスムーズに話をする姿を見れるかもしれない。

 

 

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